1940年代の〈J.W.ベンソン〉の腕時計。J.W.ベンソン自体は元々懐中時計を製造していた時計メーカーでしたが、戦後開始した腕時計の製造は、スイスを中心とする時計メーカーに製作を依頼していました。 その中でこちらの個体は、もはや「伝説の」という形容詞がついて然るべき知られざる名門〈マーク・ファーブル〉が製造を手がけたもの。マーク・ファーブルは、19世紀にスイスのビエンヌで時計師マーク・ファーブルによって設立された時計工房で、元はビエンヌの時計製造協会〈ユニオン・オルロジェール(Union Horlogère SA)〉に所属し、自社でムーブメントを開発・製造していました。同社のムーブメントはユニオン・オルロジェールの筆頭である〈アルピナ〉も使用していたほか、〈ユニバーサル・ジュネーブ〉が自社ムーブメントとして採用するなど、その実績は折り紙付き。同時にシンプルで均整の取れたハンサムなルックスもマーク・ファーブルの腕時計の大きな特徴のひとつで、このJ.W.ベンソン名義の腕時計にもそのスタイルが存分に表れています。 ちなみに、ユニバーサル・ジュネーブがマーク・ファーブルのムーブメントを自社モデル化した後に製造された、ユニバーサル製のJ.W.ベンソンの腕時計も存在しますが、この個体はそれ以前のM.ファーブル製という非常にレアなアイテムと言えます。 製造背景の凄さもさることながら、このレクタンギュラーケースの見事なフォルム、そしてシルバーツートーンのシンプルながら美しく仕上げられたテクスチャーなど、大量生産品ながら古き良き物作りの緻密さ、妥協のなさをまざまざと感じさせるディテールやデザインはため息もの。特にこのレクタンギュラーの流れるようなアールとスタイリッシュな直線とが融合するユニークなフォルムを生み出す技術は、ほとんどロストテクノロジーといえます。 ムーブメントは前述したマーク・ファーブル製の角型モデル、CAL.485を搭載。同社の角型モデルというのも極めて稀少ですが、やはりこの丁寧に面取りされたブリッジや地板、各種パーツはもちろん、緩急針に至るまで美しく磨き上げられたハイエンドな仕上げは流石といったところ。質実剛健な見た目ですが、名だたる名門と型を並べるハイエンドムーブメントのひとつです。